一人者の気まぐれブログ。←は2009年8月まで。2009年11月より長男亡き後、母がブログ引き継いでおります。
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ルーツを知る
今回の母の訃報で



小さい頃一緒に遊んだ幼なじみ、近所のおじちゃんおばちゃん、親戚のおじちゃんおじちゃん達…
お世話になった人達、ホントに沢山の方が母に会いに来てくれた。

皮肉なもので、懐かしい人達に会える機会って、こうゆう時位しかなくなっちゃってるんだよね…(; ̄ェ ̄)





色んな人と色んな話をしたけど、このおばちゃんは、誰と誰で繋がってるんだ?って親戚がいっぱいいて(笑)
そこで出て来たのが、家系図。

父の代に調べてもらったとゆう。




今、安藤家は兄で7代目で、さかのぼること、嘉永時代ペリーさんが来航した頃(笑)からしか家系図は書いてなかったのだけれど、
氏神さまである三吉神社の古い文献では、この安藤家は、家系図よりはるか昔に、この辺りに移り住んだ最初の家だったらしい。

近所で11代目と言われてる家があるけど、もっと前から安藤家はあったらしい。



そして、この辺りをまとめるとても裕福な家だったらしい(笑)
何代目かの人が、実家の敷地内に伊勢神宮から淡島神社を持ってきたらしいし…
(今も敷地内に小さい神社がある)

まぁ、父は自分の実家を助ける為に、婿に来たって言ってるしね。


裕福?
あれ?おっかしーなー
私が生まれ育った頃とは大違いだぞ(笑)







実家は長い長い坂の上にある。


あーなるほど…


なぜこんな高い位置にあったのか、今、謎が解けた(*>ω<*)



小さい頃は学校から帰る時、坂を登らなくても良い同級生を羨ましく思ったのだけど、自分のルーツを知り、高い位置にあった意味を知ると、ま、それも良かったのかな?とか思う自分がいる(笑)





昔の諸々の話を聞いて、今まで知らなかった話を沢山聞いた。


そして、生まれ育ったこの家で、懐かしい人達と、同じ場所で同じ時間を共有して、懐かしい話をしてる時間がとても心地良かった(´◡`๑) 



結婚して早26年。


不思議だよねぇ…

実家には18年しか居なかったのに、生まれ育った家っては、なんでこんなに居心地いいんだろ…((*´∀`*))

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実家は田舎で人との繋がりが広く、そして濃い。

何かあったら、必ずお互いに助け合う。


私はお節介なせいか、困ってる人を見るとほっとけない習性がある(笑)

なぜ人の為にそんなに頑張るの?
とよく言われるけど、そんな中で育ってきたからなんだと妙に納得。



そして、父も母もそんな人だった、
『世話になったんだよ』と皆が口々言ってくださったのが、娘として何よりも嬉しかった(n´v`n)




自分よりも人の為にと、誰にでも接してきたと…。




改めて子供達にも、そうゆうじいちゃんばあちゃんの遺伝子引き継いでるんだから、常に相手の立場に立って考えて、自分が出来ることをしてあげなよ。
と教えた。





まったく…

失って知ることが多すぎるな…





両親共々いなくなってしまったけど、きっとあちらでは、私が生まれる前亡くなったまさこ姉、祖父母、そして竜馬達と楽しく、よろしく(笑)やってるのかな?(≧∀≦)



そう思うと、私ももしこの世からいなくなっても、逢える楽しみが増えた(´◡`๑) 


皆さーん、是非また来歴に会いましょうね〜♪



改めまして…

この度は、皆様ありがとうごさいました‼︎

お世話になった方々、母に成り代わり、厚く御礼申し上げます。

母の娘でいられたことに感謝して…


お世話になりました❀.(*´◡`*)❀.
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by mip-tyu2 | 2014-03-29 20:23 | ふと思うこと | Comments(0)
母の旅立ち
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3月21日、春分の日。
亡き父の誕生日。




かねてより病気療養中の母が、危篤との知らせ。


父の誕生日に、また別な形でだけど、病院に兄弟三人が集まった。

そういえば、去年のこの日も、兄弟三人集まったよね〜
http://yogary.exblog.jp/19814707/

きっとまた父ちゃんに、みんな集まれよ〜って呼ばれてんだよね、って話してた。






母の隣で、色んな話しをした。
私は末っ子なので、兄達から父と母との馴れ初めや、それまでの出来事。
父が亡くなる前、病院の送り迎えをしていた私が、父と話した兄達が知らなかった話しなど、普段集まることのない私達の時間を埋めるかのように、母を励ましながらも沢山の話しをした。



『母ちゃん、わかる?
みんな来たよ。
兄弟みんな集まったよ。
わかるかぃ?』

何度か呼びかけた後、もう声は出せないはずなのに、何か言いいたそうに、振り絞る声を出してた。

うっすらと開いた右眼からほんの少しだったけど、涙が出ていた。


きっとわかってくれたんだなって思ってる。






とりあえず母の状態が落ち着いてるので、長兄が泊まって、次兄と私は、長兄の連絡を家で待つことになった。





そして、3月22日になった12時45分頃。
長兄からの電話。



『今、息止まったみたいだ。
早く来い。』



ちょうど母の誕生日の頃、ちょっと危ないから、会っておくようにと病院の先生から知らせがあって、でもその時は持ち直してくれたので、今回もまた頑張ってくれるものとばかり思ってた。





2012年の6月16日。
くも膜下出血で倒れた母。


あれから1年9ヶ月。

『100歳まで生きねっか!』

ってよく言ってたよね。
頑張ったよね…



先に黄泉の国へ旅立った孫の竜馬も、父も母が来るのを楽しみにしていることでしょう。


『おぅ!
やっと来たか。待ってたぞ』


と喜ぶ父の顔が目に浮かぶ。



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母ちゃん、あなたの娘でいられて、
幸せだったよ。


ありがとう❀.(*´◡`*)❀.
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by mip-tyu2 | 2014-03-24 16:08 | 感謝 | Comments(0)
順番
1月2月と体調悪かったり、大雪降ったりで、なかなかお墓にも行けず…(; ̄ェ ̄)


3月になり、彼岸の入り、そして月命日とゆうこともあり、久しぶりにお墓掃除に行ってきた。


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境内の大銀杏。

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開花を待つ、春を告げる桜の木の隙間から青空がのぞく。

春はもうそこまで来てるのに、風はまだまだ冷たくて、境内の水の冷たさを予想してたので、家からバケツにお湯を入れて、丹念に墓石を拭いて…

久々のお掃除だったので、水アカがついてたのがショックだった…( °̥̥̥̥̥̥̥̥з°̥̥̥̥̥̥̥̥)


アクリルたわしだけでは落ちなかった汚れ。
墓石専用クリーナーじゃないと、落ちないかも…
ガックリ…(ノω・、)

『汚れは早いうちに拭け‼︎』

なのよね〜⁽⁽(ཀ д ཀ)⁾⁾้

次回からは、マメに通います。


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法名碑には、一番乗りしちゃった竜馬の名前が刻んである。

けど、中途半端な位置に刻んであるのには、理由がある。



お墓が出来たのが、竜馬が天に召されてから1年目。
その時

『本来なら、亡くなった順番に彫って行くんですけど、どうしますか?』

と石材屋さんに聞かれ、

若くして亡くなったけれど、やはり
順番的には、じいちゃんばぁちゃん、父さん母さんの次だから、5番目の位置にお願いします。

なんか、可哀想だから…。゚(。ノω\。)゚。

とゆうわけで、
空いてるのです(笑)


これ見る度、順番守ろうぜ〜
まったく順番間違っちゃったよなぁ…竜馬(´-ω-`)
と、いつも話します…

『母さん、しつこい‼︎』
って言ってるかも(笑)


次の人は、ちゃんと順番守れるだろうか…( ̄▽ ̄)



出来れば私も順番守らないで、竜馬の次でも良いんだけど〜
とか言ったら、怒られるかな?(♪-∀-) 




またね、友達が会いに来てくれるって言ってるよ〜♪
楽しみだね〜(。>∀<。)

煙でのイリュージョンを期待してるよ〜♡
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by mip-tyu2 | 2014-03-19 21:58 | 日々の出来事 | Comments(2)
母ちゃんおめでとう♡
2年前、くも膜下出血で倒れた母。

一時は、生死を彷徨い、でも持ち前の頑張りで、なんとか持ち直した。

以来、誰が誰だか認識出来なくなってるけど、行く度

『来たよ〜(´◡`๑) 』

って耳元でゆうと、顔をしかめたりする。

きっとわかってるんだよな〜と勝手に認識してる(笑)



そんな母も今日、87歳の誕生日を迎えた♪

いつも苦労ばかりかけてきた母に、ほんの少しのプレゼント♡


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小さい頃から、ワガママで迷惑ばかりかけてどうしようもない娘だったのに、いつもどんな時でも、見捨てずにいてくれた母。


私も子供達が何と思おうと、どんな時でも寄り添える母でいたいな…


母ちゃん見習うよ(*´ω`*)


おめでとう‼︎
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by mip-tyu2 | 2014-03-12 22:22 | 感謝 | Comments(0)
3年前のあの日

2011.3.11




その日は相馬市に仕事の打ち合わせで出掛けた父さん。

私も、休みだったので打ち合わせを終えて、2人でお昼ご飯。

その後、あの大地震。


打ち合わせが午後からだったら…と考えると、きっと竜馬が守ってくれたのかな?と思った。



長い長い揺れの間、学校に居る娘と卒業生を見送り、友達の家に遊びに行った次男の安否を心配しつつ、

揺れが収まった頃、子供達を迎えに家路を急いだ。


電話も一切繋がらない。


車から流れるラジオの声が唯一の情報源。
娘たちの安否を心配しつつ、小学校へ向かう。


今まで見たことのない風景が目の前に広がる。

信号は消え、あちこちの道路が波打ち、割れ、水道管破裂の為に水が吹き出している。

ところどころで、煙もあがってる。

阿武隈川にかかる橋も渡れるの?って位の段差が出来てた。


川を見ると、不気味に全体が茶色く濁ってる。



そのまままっすぐ小学校に娘を迎えに行くと、雪が降る中、700人は居る子供達を誰一人として、怪我することもなく、先生方が無事に安全な幼稚園に避難させて下さっていた。


この地震で小学校は使用不可、以後様々な問題を抱えつつも、未だ仮設校舎での生活だ。




友達の家に立ち寄り、次男と娘を連れ、家に帰ると、家中が水浸し!

大地震の時から全自動洗濯機のホースが外れたまま、数時間、水が流れっ放しだった。


散乱した家中のものを、どこをどこから片付けてよいのやら、途方に暮れた。



以後、ライフラインが全て断絶。


ロウソクの火の中での余震。


散乱した家の中を片付けつつも、

父さんは水道復旧の為、朝から晩まで復旧作業。

おにぎり一個で一日中、作業の時もあったようで。

水の出なくなった地域を順番に復旧していき、我が町の水が出るようになったのは、一週間後。

父さんはじめ、復旧作業に関わった方々に改めて感謝の念を送りたい。



そんな中での原発事故。



テレビから、ラジオから、

外に出ないように、

止むを得ず出たとしても、ナイロン製の服を着て、帰ったらすぐにシャワーを浴びるように、

窓も開けないように、

換気扇もつけないように、


との放射能に対する注意を呼び掛ける声が止まなかった。



そして、この繰り返しの注意喚起に、どれだけの危機にさらされてるのか…

不気味さを感じずにはいられなかった。





お店には物がなくなり、ガソリンを買い求め、長い長いスタンドの行列。

子供達も一緒に交通整理のお手伝いもしたっけ。





当時の勤め先は高速道路のサービスエリア。

災害復旧の緊急車両のみ通行。


サービスエリアも散々なことになり、でも緊急車両立ち寄り所として、機能させるために営業出来る場所のみでの対応に追われた。



命からがら逃げてきたであろう、 泥だらけの車と、災害復旧を終えて、とりあえず戻るであろう沢山の方達の真っ黒になった手を見ては、胸が痛んだ。



自分は逃げられたけど、家族はダメだったんだ…とゆう方もいた。

返す言葉が見つからなかった…



『被災地では甘いものしか、出なくってさ〜』

と言いながら、軽食で使う持ち帰り用の醤油を舐めていた東京消防庁の方の姿にショックを受けた。


ならばこちらをお召し上がり下さい!

と袋に入れたお漬物を差し上げた。


『ありがとう、嬉しいよ〜』

と言ったあの方の笑顔が忘れられない。




北から南下する高速道路で立ち寄る最初のサービスエリアなので、


『あったかいの久しぶりに食べたよ〜

美味しかった、ありがとう』


『あなた達も被害に遭われて大変なのにね〜、ありがとう』


って言われた時には、涙がこぼれた。



過酷な状況の中での作業を離れて、ここで少しでも癒されてもらえればと…

いつもと違う忙しさに追われながらも、無我夢中で日々を過ごしてたなぁ…



電気と水はダメだったけど、唯一ガスだけは使えたので、家であたたかいものが食べられるのは嬉しかった。


水を貰いに行き、お風呂もタライにお湯を入れて、順番に体を拭いて、

ご飯も鍋で炊き、洗い物を出さないようにと、皆で力を合わせて、誰一人愚痴をこぼすことなく、乗り切ったけなぁ。



津波で家も家族も失った方に比べたら、電気と水が出ない位、これ位のことなんてことない。

贅沢だよな…申し訳ないなと…






あれから3年なんだね…





色んなもの失くした被災地の方達の心の痛みは、少しずつ癒されてるのかな…と案じてしまう。




でも、それでもこの今のこの世に生かされて、残された意味をかみしめながらも、これからも前に向かって進んで行かなきゃなんだよね。



ありきたりだけど、今までもこれからも頑張って生きていかなきゃだね…




それぞれの3.11…



今もなお、見守ってくれている天国の皆さんに改めて感謝の意を込めて…






2011.3.11後に書いたmixiの日記
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1691004022&owner_id=36577902
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1694335736&owner_id=36577902


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by mip-tyu2 | 2014-03-10 23:24 | 感謝 | Comments(0)